◇もくじ◇
■ブロードバンドの恩恵とちんぽこ / 友清政義
■裏窓の京都 第五話 / 松本圭一郎
■耳をすます旅人 / かわすみなおみ
・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・
■ブロードバンドの恩恵とちんぽこ / 友清政義
先月から、ブロードバンド化した。
新しいバンドを組んだという事ではない。
これは、日本に急速に普及しているADSLという技術を導入して、コンピューター
をネットワークに常時接続したという事だ。
ぼくが説明するまでもなく、興味がある輩はインターネット雑誌やら、パソコン
ショップで買い物した時に、頼んでもいないのに袋に入れてもらえる、入会CD-ROM
などで知っている事だと思う。
このブロードバンドで、驚いた事は、とにかく接続速度の速さだ。まだ日本で上映
されていない映画の予告編を見たり、いままで、重くて楽しめなかったホームぺージ
が回覧できるようになった。
そして、嬉しかったのは、数千局ある海外のラジオ局のオンエアを、電話代を気に
せずに聴けた事だった。
気に入った局をみつけるだけでもなかなか大変そうだが、たまたま見つけた、ベル
リンのジャズラジオ局が気に入っている。選曲が、ドイツのジャズファンの好みとい
うか、そういう臭いがする。ときどきDJがドイツ語で喋っているのが妙にうれし
い。なんとなくよくチューニングしている。
それから、いちいちパポピプペと電話をかけなくても、スコーンといつでもつな
がっているという事。おかげで、気になる事はなんでも検索するくせがついた。くだ
らないことでも、思い付くとすぐに検索をしている。「そういえば、探偵ナイトス
クープの東京でのオンエアの時間は、何時からだろう。」とか、そんな感じだ。深夜
2時51分からだった。起きれんちゅうの。あんなに面白い番組なのに。
それで、この常時接続という素晴らしい環境を、わが音楽活動に反映するすべはな
いものだろうかと、いろいろと面白い事を考えた。
まづ、サーバーを運営して、作品を世界に公開する。というアイデアが浮かんだ。
そうすれば、動画などの容量の大きなデータもどんどん置いておけるし、かっこい
いドメイン名もつけて、バッチリ。
DSLの一般化にともない。最近は、個人で、サーバーを持つ人が増えていて、書店
にもそういった関連の本が多数出版されている。それらを読んで、ちょこっと勉強し
たが、どうやら運営には専門知識が必要だし、なにしろ管理が大変そうだ。
自分のサーバーがあるというのは、あこがれなのだが、今のところレンタルサー
バーで、大丈夫だ。
すぐにやれそうで、面白い事を捜しているうちに、インターネットを利用した、テ
レビ電話があるという記事をみつけた。世界のいろんな企業がいろんな方法でイン
ターネット経由の電話を開発している。
そのなかでも、とくに面白げだったのが、アメリカの会社が無料で行っているサー
ビスで、「iVisit」というソフトを使ったものだった。
このサービスの特徴は、1対1の個人での会話はもちろん、ビデオ会議ができると
いうものだ。
デジタルカメラや、ビデオカメラをパソコンにつなぎ、写している映像を相手に見
てもらいながら会話ができる。MacでもWindowsでも出来る。
そこで、「iVisit」利用して、お茶の間へライブを放映すれば楽しいのではないだ
ろうかと思ったのだ。ミニミニライブ中継だ。
日本語で、このソフトについて解説しているページがあったので、そこで調べる
と、またいろいろとわかった。日本語化すれば、ずいぶんとっつきやすそうだったの
で、早速ダウンロードして、実験してみることにした。
ソフトを起動し、ビデオカメラを三脚に立て、配線を、パソコンの背面にあるコン
ポジット端子につないで、画面に向かっているぼくがうつるように調整した。
けっこう気恥ずかしいものだった。無防備にハナ毛を抜いたりしてはいけない。
デスクトップには、そのぼくの姿と、音声や、画面のコントロールウインドウ、そ
れから、世界各国の会議室の入り口が表示されている。会議室は、いろいろなジャン
ルわけがされていて、国別になっていたり、アートの部屋になっていたり、友だち
や、恋人を捜している部屋がある。
ぼくは、まず、サポートの部屋で(日本語だった!)、ソフトの使い方についてい
くつかの質問をした。すると担当の方?が親切に答えてくれた。音声の調子が悪いの
で、この場では、文字によるチャットで会話をした。
それから若干の緊張をしつつ、英語辞書を用意して、いろんな部屋を覗きに行く事
にした。おもいかけないところで英語の勉強にもなりそうだ。
会議室には、パスワードがないと入れない部屋もあるが、オープンにしているとこ
ろも少なくない。
いろんな国の人が出合いを求めているのだ。
部屋のカテゴリの中に気になる項目を発見した。「アダルト・ルーム」だ。
未成年はダメよ、という注意書きが表示されたが、めくるめく世界を想像しつつ、
入室。
そこは更に細かくジャンル分けされており、XXX、だとか、マルマルマル、だと
か、興味のある人は自分でやってみてほしい。とにかく、いろいろある。
それで、ある部屋に入ったところ、ガクゼンとした。露出狂の部屋だったのだ。世
界のぞうさんが、デスクトップを飾った。カメラを顔ではなく、下半身にむけた、世
界のちんぽこ野郎どもばかりが、盛り上がっているのだ。
ああ、文明の利器をこういうふうに使って全くしょうがねえな。きみきみ、神聖な
会議室でなにをやっているのだ。ズボンをはきなさい。と苦笑しつつ、この部屋にき
たこのぼくも、おなじ穴のむじな。
それでは、ここでひとついたずらをしてやろうと、カメラのケーブルをビデオデッ
キに差し換え、うちにあったポルノビデオを再生した。
ちんぽこ野郎どもは、燃えはじめた。それを見て、笑い転げていたのだが、だんだ
ん、ぞうさんたちが暴れはじめた。なかには、わめきながら、その鼻を振り回し、今
にもしぶきをあげそうなのもいる。盛り上がりすぎて、パソコンがついていけなくな
るくらい、アクセスが増えてしまったので、大変な事になった。これはやばいと、ち
んぽこ会議から退散した。
ところが、しつこいちんぽこがどこまでもついてくるのだ。別の部屋で真面目な出
合いを求めて、相手と話そうとしても、よこからちんぽこが割り込んで来た。 ぼく
の顔の横にちんぽこがある。という仕方もない事になってしまった。
初志のお茶の間ライブが、これではちんぽこ大会になってしまいかねない。この案
は、却下しようと、思ったのだが、それはそれで、道祖神のちんぽこ祭りみたいで面
白いかなと、実現を考えている最中である。ちんぽこをキックする方法もあるそう
だ。
■「裏窓の京都」 第五話 / 松本圭一郎
先日NHKの天気予報で「今年の梅雨の降雨量は平年並みで、夏は前年の様な猛暑は
なくやはり平年並みの気温になりそうです」とやっていて、オレはテレビに向かって
バカじゃねーのなんて云ったりしていたのだが、この時期に梅雨や夏の予報などと云
うことは、いま考えても、やはりバカらしい。
だいたいそんな事をいま聞いて何になるの。「ねえケンジ、そんなに猛暑にならな
いならアタシ、クーラー無いままでヘーキよ、貴方も大丈夫よね、ミャンマー出身だ
から、あっ、あのころはまだビルマだったわね、貴方云ってたわね中井貴一見たって、
ねえだからクーラー用に貯めといたお金で明日から能登半島にいきましょ」なんてな
やり取りが発生するとでも云うのか。この予報を受けて。
たとえば農家の方なんかにはリアルな問題とは云えそうだが、それにしてもこんな
平凡な予測がどれ程の役に立つというのか。
それに「前年の様な猛暑はなく平年並み」とは一体なんなんだ。ここ十年ずっと猛暑
じゃないか。
京都の夏は暑いなどとオレも第一話で書いたが、まあ流れとしてそう書いてみただ
けで、暑いのはどの地方も同じだと思う。要は部屋にいるか路上にいるかだ。オレは
去年の夏は大工のバイトをやっていたので日中の殆どを路上で過ごした。
最高気温が38℃まで達した3日間はちょうど表の入り口の工事で、オレは直射日光
をもろに受けて電気ドリルでコンクリを削っていた。グリグリとドリルをあてがいな
がら、太陽熱でオレがグリルだった。
死にそうになって家に帰り毎日1時間くらい水風呂につかっていた。入る前にクー
ラーをガンガンにかけ、風呂から出てビールを何本も飲み、朝は7時半に家を出、詩
人でもある親方の京風中華思想に終始するボードレール論を聞きながら釘を打ちまた
ノコをひき、綱をひき、スミ(下線)をひき、泥酔に夜通しクーラーで風邪をひき、
翌朝親方もリウマチで、使い物にならない男が二匹、一緒に暮らしている彼女は最近
夜おそいな、アイツどこで飲んでるのか俺に云わないんですよ、そしたら親方が、手
に持ってたガンと呼ばれる自動釘打ち機の引き金に触れちゃって、釘がオレの横を抜
けて壁に「そりゃ男できてんで」と音をたてて刺さった。
「あっ!ぶねえ」
親方はふははとわらって「わざとや」と云って、その晩彼女がオレに別れを告げて
部屋を出て行った。男じゃあなかった。オレの不祥事の発覚が原因だった。
それからしばらくして大工のバイトは終わったが、暑い日は続いた。
彼女は何度か荷物を取りに部屋に来て、今日は友達が来てくれるし車もあるからそ
れで全部片づくとの事、じゃあオレはその間出かけると云って外に出たら、ワゴント
ラックに乗ってやって来たのが俺の友達でもある男連中で、オレは「ハハッ。キミ頼
まれたんか。よろしく・・・て何でオレが云うねん」と云って別れた。ちょうど黄昏
で、パンクス風な格好をした二組のカップルが通り過ぎ、その後ろを野良猫がヨタつ
いていて、やれんなあと思った。
それ以降その夏、オレはなにをやっていたか、あまり憶えていない。ただまあ、な
んとなく棒にふったんだろう。
ひとつだけ、「なんで今日はこんなに人が多いんだ」と思った日があった。みんな
浴衣だったりカメラをぶらさげてたりと物見遊山のスタイルで、ウチの近所の駅前に
人がごったがえしてた。
あっ。今日は八月十六日で大文字焼きだ。と思い出し、その辺で呑んで「どれひと
つ見てやるか」と部屋にもどりベランダに出てみると火は消えていた。
よく見ると大の左下のあたりに二つくらいの篝火がまだ消え残っているようだった。
「ハハッ。なんやしらん、センチメンタルやな」とつぶやいてみた。
■耳をすます旅人 ー函館ー / かわすみなおみ
好きな本の中に「耳をすます旅人」という本がある。旅する詩人・友部正人さんの本
だ。
全国を旅している友部さんならではの視点から選ばれた場所・人物なんかがエッセイ
と共にのっかってるのだ。私にとってはそれは輝く宝石のようだ。
それが目的ではないけれどふとその近くに行く時には訪れたい、と思ってしまう
そんな場所が詰まっている。
そんなこんなで今回の旅は始まる。
2月の北海道。極寒をイメージして出かけたら出鼻をくじかれた。
ほとんど雪は積もっておらず吹く風はとうてい冬の北海道を感じさせない
ものだった。なんだかなー。期待通りには物事は進まないものだ。(笑)
北海道はでっかいどう。
そこは奇妙な幾何学模様の描かれた街。函館。
幾何学模様というのは五稜郭と呼ばれる星形の形をした周りをお堀が巡らされている
土地がある。その近くに食べ物屋さんの「あじたか」がある。
そこのメニューは面白く、近くの美術館にちなんでか色々な巨匠と呼ばれる人物の名
前が付けられていた。
しかしながら、初めての函館なものでひとまず函館の味・塩ラーメンにチャレンジ。
よっぽど「ゴッホ丼」やら「ゴーギャン丼」やら「ピカソラーメン」とか興味をそそ
られたがそこはラーメンに餃子を頼んだのだ。やっぱり餃子は外せないのだ。(笑)
さて函館の味とは・・・
塩。何故か沖縄の幻の塩なるものを使ってるらしい。何故に沖縄の塩?
塩なのにコクがある。これは単なる塩ラーメンに対する偏見からの発言か?
餃子。手作りの皮を使ってるという感じのモッチリ感。はふはふ。
本の中で友部さんは「土地柄というよりも人柄のラーメン」と評していた。
そこに土地柄を求めた私が間違いというものだったのか。今度はやはり迷わずあの色
んな芸術家のネーミングの食べ物を食してみたいと思うのだった。
常連のお客さんとの映画話しを横耳で聞きながら「あれよかったですよねー」と心の
中で相槌を打ちながら、ふくれたお腹を抱えながら五稜郭のお堀沿いを散歩するので
あった。
夕刻に日本一の夜景と云われる函館山(別名:臥牛山)からの函館の街を一望する。
瞬く光が無声映画のように、降る雪が更に音を飲み込んでゆく。
ミニチュアな観光都市。しかしながら新しさに流されていないそのさびれ具合が絶妙
にイカシタ街だった。街には路面電車が走り、そしてバスも縦横無尽に走っている。
函館山はその昔軍事基地とされ一般の人の立ち入りが禁止されていた。それも最近と
呼べる程そう昔でもない数十年前の話だ。ウソのようなホントの話。
ロープウェイで麓に降りる頃には雪が景色を白く街を染めていた。全てが雪のオブ
ラートに包まれてゆく。
あぁ、ここは冬の北海道だ、と実感した瞬間。
次の日に「立待岬」に向かった。海を一望したかったのだ。
眼下に広がる津軽海峡。まさにそこは冬景色。吹く風は半端じゃなく冷たく身体の芯
までほんとに冷えるのだ。風に吹かれながら遅い昼食を海を見つめながら食べた。
遠くに光り輝く水面を望みながら。
ここは石川啄木が愛した街なのだそうだ。「死ぬ時には函館で死にたい」と。
その願いは叶わなかったようだが、今では啄木一族の墓は津軽海峡を眺め、そして函
館の街を一望できる所に歌碑と共に眠っているとか。
海に囲まれた街。
函館は北海道の南西部のあの独特の出っ張りの街だ。(余計に分りずらいか?)
旅に出るまで場所を良く知らなかったが。あはは。そんなものである。(笑)
なにが云いたいかというと、海の幸が旨いのである。
イカにホタテにウニ、イクラ(まだまだあるがね)。もちろんタラバカニもだ。
カニの身は筋肉なのだよ。知ってた?タラバはオスの方が高い。それはタラバは身を
楽しむカニだから。メスは卵を持ってる分、栄養が身から卵へ移ってしまうとか。だ
から、身の価値が下がるのか?ここらは売り子のお姉さんの受け売りだがね。(笑)
まぁ、地元民にいわせるとキングオブカニは毛ガニという論もあるようだが。
毛ガニはまた今度の楽しみにとっておくことにしよう。
温泉に浸かりながら次の旅へと思いを馳せる。
今度は、あたたかい方へ。(笑)
・・・‥‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……‥‥・・・ Talk about WILD SIDE 第22号 2002.4.10
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このメールマガジンは、ロックシンガー友清政義の編集により、徒然と発
行されています。
◇もくじ◇
■遠藤賢司コーラス隊に参加した話 友清政義
■裏窓の京都 第六話 松本圭一郎
■なおみのイッツ・ワンダフルワールド〜沖縄編 かわすみなおみ
■遠藤賢司コーラス隊に参加した話 友清政義
春の日射しが暖かな昼下がりだった、
「あら、こんなところにふきのとうが。ここには、野菜の無人販売所が。オ
オイヌノフグリ、これまたかわいらしい」などと、キャベツ畑のあたりをノ
ン気に漂っているモンシロチョウの心持ちでふわふわと歩いていたら、正月
早々、日本酒と間違えて灯油を飲んでしまった男、オータ君より電話が入っ
た。
「遠藤賢司さんのレコーディングに参加しませんか」
「わたしでよければ」
マジ、ヤッホ〜!と快諾して、どこで?とたずねると、散歩していた道沿い
の、目の前の建物だった。なんとうちから歩いて10分とかからないところ
にレコーディングスタジオがあったのだ。
まさか貸し農園の横の建物が、音楽現場の前線基地だったとは、知らなかっ
た。
明くる日、あらためてそのスタジオを訪れた。
入り口のドアに張り紙がしてあって「服をはたいて入ってネ!」とメッセー
ジが書いている。入ると、ミキシングルームのデカいコンソールの前に座り、
殿様キングスの「なみだの操」を大ボリュームにして、テンションを
高め、目に見えぬ2つのモノと戦う男、遠藤賢司がいた。それは「創作」と
「花粉」との戦いだった。
なんで殿様キングスで気合いが入るんだろう。その他に持ち込まれていた音
源は、五月みどりの「コロッケの唄」なのだった。
エンケン式解釈をして、その懐かしい歌謡曲はどう輝いて聞こえてくるん
だろう。機会あればそのへんをよーく伺ってみたい。
「きのう、ここへ来る途中に、友清くんそっくりな人が歩いていたのを見た
よ。」「それはぼくです、ワッハハハ。」「へえ〜、ワッハッハ。」
録音室には、一切お茶ら気はない、本気の機材が、当たり前に、整然と並
んでいる。中古のジムニーなんか売ったって1万にしかならなかったが、こ
この機材のどれかひとつを買うにしても、いせやで三日三晩どんちゃん騒ぎ
ができるくらい高いんだろうな〜。
とアル中の空き巣ねらいのような発想になってしまったのも無理はない。
エンターテイメントの製作現場に期せずして入場できてしまったぼくは、ず
いぶん面喰らっていて、コロシアムに放り込まれた子犬のように、脇の下に
変な汗をかきながら気圧されてしまっていた。
「妖怪がしゃどくろ」が出たのかと思ったら、録音室には、ノイマンU-87
という、ドイツから来た超本気のマイクが、3体もつっ立てられている。こ
の前で歌うのかと思うとますます武者震いしてしまう。
コーラス隊として集まった健康な男女十数名に、エンケン氏直筆の譜面が
配られる。しばしのミーティングの後、リハーサル、そして本番だ。
曲は「日本サッカー応援歌〜日光ウエスタン村バージョン」
ニッポン!というかけ声を、一斉にコーラスするんだけれども、緊張して
しまって、タイミングを間違い、ぼくのせいで2・3回録りなおしになって
しまった。
「いいかい友清くん。ここはこうきて、こう。そしてこう、こう、こう来
る!ネ、よしもう一回行こう!」マエストロ・エンケン、はぼくらをとりし
きり、最高の「ニッポン!」を抽出しようとした。目の前で全身を使って
コーラス隊に指揮をする。それはぼくらのヴァイヴレーションを仰ぎ立てる
のに、十分のアクションだった。それは道路工事の掘削機だったし、マリリ
ンモンローに吹き付ける春一番だった。
遠藤賢司・次回作のニューアルバム「幾つになっても甘かあねェ!」に
は、そういうわけで、ぼくの声がちょこっと焼き付けられている。
そのことをとても光栄に思っている。
アルバムの発売は 6月26日(水)になるそうだ。
リンク・エンケンHP
http://enken.com/
■裏窓の京都 第六話 松本圭一郎
有名な「マイルスデイビス自叙伝」を読んでいる。
まだ途中だが、読んでいてマイルスの天才性の特異さと云うものを強く意
識せざるを得ない。(矛盾した言い方であることは分かっている。特異と云
う事自体天才に含まれるのだから。ただ・・・)それは、マイルスの天才性
と云うのは他の多くの天才音楽家(例えばセロニアスモンクやチャーリー
パーカー。またはブライアンウイルソン)に見られるような破滅、崩壊と
いった語彙がまるであてはまらないのでは、と思えてくるからだ。
大体そのようなネガティブな一面がその人の天才性を、より強調する要素
として大変有り難がられ、時に作品よりも多くの時間を費やして語られがち
な二十世紀後半の音楽界の中で、マイルスはなんて堂々と誇り高く、セン
ターラインを歩いた事か。
これはマイルスが徹頭徹尾、音楽人であったが故ではないかと僕は思う。
残りを読むのが楽しみで仕方ない。
ところで桜が咲いている。この季節だけは本当に京都は好い。別に名所で
花見をしなくても、ライトアップされた名刹に浮かぶ夜桜を観にいかなくて
もよろしい。河原や街のそこいらで咲いている。
よく行く木屋町という歓楽街は、数百メートルのスナックやバーのひしめ
くその通りを桜並木がおおう。所々に新緑の枝垂れ柳がまじりその下を小さ
な川が流れる。
店で痛飲し、午前2時くらいに路上に、何の気なしで表へ出たところにこの
桜。ハシゴするのも忘れ、しばし立ちすくむ。酔えば桜もなおさらに感傷的
だ。
酔いついでと桜ついでに、連れのおんなの子に抱きついてキスすることも
できる。
「やん。なにすんの。もう」「いいんだよ。桜だ桜。だって君が狂いはじめ
るのは/だって狂った桜が咲くのは/さんがつー」これですまされる。が、
すまされるとは本当にそう思っているが、やったことはない。腑甲斐無い。
あたら青春を棒に振っている。
木屋町から少し歩き、鴨川を渡り、歌舞伎の南座をやり過ごし祇園に至
る。ここにも軒を列ねる茶屋のすだれに桜が映える。道は石畳。せせらぐ疎
水。彎曲した石橋。
あまりよくない。いかにも絵葉書から抜け出した景色で、一度見ればそれ
でいい。
ときに茶屋で遊ぶ小金持ちの車が縦列駐車したりしてあって、興醒めを越
して嫌悪を感じる。
桜にベンツは、まるであわない。
桜との意外にいい取り合わせを、数年前みたことがある。
祇園にある公園にたつ、普通の桜の倍ほどある大きな枝垂れ桜の下で、
ウッドベースとトランペットの演奏を聴いたときだ。
息のようなトランペットの音色が、夜空にぼわっと浮かぶ桜にあってい
た。
たしか曲は、冒頭に書いたマイルスデイビスの「So what」だった。
■なおみのイッツ・ワンダフルワールド〜沖縄編 かわすみなおみ
晴れ渡る空、そうここは沖縄。
どんとの歌に「あたたかい方へ」という曲がある。どんとが身体を脱ぎ捨
ててはや2年。3回忌のイベントに参加してきた。
できないもしもを語るのは悲しいことだけれど、もしもどんとが生きてい
たら一度ライヴを観たかったな。
沖縄は大好きな土地の一つ。私の直感がそういっている。
例えば、色々な土地に降り立った時の感触がある。その感覚は、私をまた
その街に惹き付ける。沖縄は肌に合う。
ここ最近観光が苦手だ。せかせか街をうろつくよりも、なぜかボーッとし
ていることが多い。それに幸せに感じる。
今回もほとんど観光地を廻っていない、がそれでいい。
沖縄の建物は独特な感じがする。異国に来たようだ。
ちょっと市街を離れると昔ながらの沖縄チックな赤瓦の建物がある。入り
口や屋根に飾ってあるモシーサー(魔除け)モも沖縄ならではだ。
今は赤瓦を作る職人さんは減ってしまって、新築するとそれは高い買い物
になるそうな。なんだか淋しい話だ。
「土地の酒は、その土地で飲むと酔わない」と誰かが言っていた。「そこ
へ自分が入って行けば、その土地の酒が受け入れてくれる」とも。
3泊4日の初日、泡盛で洗礼を浴びる。乾杯ならぬ完敗だった。
次の日は二日酔いだった。それも人生で3本の指に入る程の。むむむっ。
車の揺れは、酔ってるほど気持ち悪い、何故?グロッキーなまま海へ連れて
行ってもらう。
ドライブ。空は青く、風は気持ちいい。海は青いというよりもエメラルド
グリーンな感じ。透き通ってきれい。
車道から海岸線に降りる高さを利用して建てられた「浜辺の茶屋」から眼
下に広がる景色は、潮が退いて干拓湾のようになっていた。観光客が入り口
で写真を撮っている。もうすっかりここもユ観光地ユなんだな。
浜辺に降りて行くと、そこには珊瑚が沢山転がっていた。
珊瑚を合わせると透き通るような音がした。カラカラ〜ン。遠浅の海、思
わず靴を脱ぎ捨てて海に入る。そして、浜辺に打ち上げられたトドよろしく
砂浜に寝そべって日光浴。
オリオンビール(沖縄のビール)を海を観ながらごくごくと。ぷはぁ〜。
きっと人間も時には光合成は必要なのだと思うな。浜辺で迎え酒。(笑)
沖縄には沖縄時間が存在している。そこに行くと自分の時計のねじがゆる
ゆるになってゆく。太陽が昇り、そして海に沈んでゆく。それに合わせて人
が動いている。腕時計なんかじゃない体内時計が時を刻んでいる。
沖縄の食は好みが分かれるかも知れない。ラフティー(豚の角煮)、ミミ
ガー(豚の耳)、チラガー(豚の顔)、チャンプルー料理、ゴーヤ(ニガウ
リ)にナーベラ(ヘチマ)などなど。面白い名称といえばモ島モがつく食べ物
が多いこと。 島豆腐、島らっきょう、島唐辛子などなど。他にも個性派ぞ
ろいの面々がある。
とある料理人がつくった「ミミガーと島らっきょうのサラダ」が思いの他
旨かったので「ミミガーって苦手だったけどこれは美味しかった」と話すと
「ちゃんと手間ひまさえかければ旨くなるのだよ」とのこと。なるへそ、料
理人の愛情なのね、と納得。
「沖縄そば」を食べた。あれは麺を楽しむのにはなんとも評価しがたい、
が、ダシと汁が旨い。多分鰹ダシ、そして醤油に「塩」だ。(本当の所は良
く知らない)シンプルながら力強い気がする。うん、きっとどこかで繋がっ
てる。そういえば、函館で「沖縄の塩」に出会った。
今回はそんないろいろな出会いが面白く、そして嬉しかった。
バスを待ってる時に出会ったおねぇ。露店のおばぁに、「飲んベェには秋
ウコンがいい」と教えてくれて、何やら身体にいい酢を頂いた。
空港行きのタクシーのおじぃは、これから帰るにもかかわらず、今時分の
沖縄スポットを沢山教えてくれた。「もうすぐ海開きだから、はまぐりを取
りにいくといいよ。沖縄のウニは黒くて食べられないよ、採ってきてナーベ
ラやゴーヤの肥料にするんだよ」等など。
空港に降り立ったら、「次は無線で呼べばいいさぁ」と電話番号入りの
ティッシュを2つもサービスしてくれた。
桜の開花宣言もそろそろか。沖縄は早くも桜の時期は終わってたさ!
開花時期はなんと1月の終わりから2月の上旬とゆうではあーりません
か。驚きだね。
銘柄は馴染みのあるソメイヨシノではなく、別の種類らしい。
ハラハラと花びらが舞うこともなく、そして花の色も桃のように濃いピン
クだそうな。散り際には丸ごとボテッと落ちるのだとか。
旅の途中にこんな会話をした。「北から南の旅で良かったね」。確かにそ
うかも知れない。春はもうすぐそこですね。
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Talk about WILD SIDE 第23号 2002.5.4
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◇もくじ◇
■シドニーから還った男 友清政義
■裏窓の京都・最終話 松本圭一郎
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■シドニーから還った男
1990年から97年までの間、マジックブギーで一緒に活動していた「田丸
圭一」くんが、その後、海外に渡航し、オーストラリアやタイで口琴のプレー
ヤーとして活躍しているという話は、前に少し書いた。
その彼が先日帰国したので、久々の再会を果たした。
渋谷駅の改札口前でまちあわあせをして、あわただしく人のいきかうただ中
で、ぼくらはニッコリと笑みを交わし、握手をした。
巨大にふくれあがっているリュックサックを、よっこいしょと抱え、いかにも
海千山千のバックパッカーといった風貌の彼と電車に乗った。井の頭線の車内は
満員だった。その中でぼくらはお互いの近況をぽつぽつと話しはじめた。
大道芸のことをバスキングといい、それをやっている人はバスカーと呼ばれる
そうだ。オーストラリアでバスキングをする場合、役場で手続きをとれば、バス
ク証を発行してくれるそうだ。それがあれば問題なくたいていの場所でやれる。
彼はタイのボートの上で、運命的に出会った「口琴」を手に、路上に立った。
シドニーの街角で演奏をし始めたころ、最初はほとんど聴いてもらえなかった
そうだ。それから試行錯誤をして、口琴の音を、自作のハモニカホルダーのよう
なものを肩にひっかけ、マイクで拾いながら、トランス系のテクノ音楽に合わせ
て演奏するスタイルになった。
くちびるにあてて、はじく、妙な音がする。び〜よよよよ〜ぉん。この伝統あ
る前衛的な楽器をくわえて、夜になると路上に出た。
いつもそうやって口琴を弾いていると、くちびるの皮がかたくなり、だんだん
ぶ厚くなってきて、それでもはじけて切れてしまった。「Thank You !!」と書い
てある喜捨箱の看板に、血しぶきが飛んで細かい斑点が無数に付いていたのには
おどろいた。そうして演奏テクニックが上達していった。
いろんな口琴をネット通販で取り寄せ、ユニークな演奏法も思いついた。郊外
のビーチで行われる、ヒッピー達がたくさん集まる大規模なレイブパーティで、
DJと競演し、うけた。
こうして彼は注目を集め、地元ではちょっとした顔になった。路上ではいつも
50人くらいは集まっていたそうだ。そして口琴で食っていけるようになった。
オーストラリアを離れる前に、テレビ局のバスカーを紹介する番組から取材を
受けたそうだ。しかし、それが放映される前に彼はシドニーを発った。ブレイク
寸前でいなくなってしまったんじゃあないだろうか、惜しいよなあ。
音源を聴かせてもらった。地元のDJと作ったリミックスだ。びよ〜〜おぉ〜
〜ん、ぼよぁあおお〜んと、トランスミュージックと見事に融合させていた。彼
は旅の中で、ヒッピー達が愛する、極楽な音楽たちとたくさん出会っていた。し
かし彼の音色は、ギターでなくとも彼の音色で、同じものだった。
92年にマジックブギーが筑豊から博多に音楽活動の場を求めて移ったとき、
ぼくらはまるでデパ地下に放たれた欠食児童のようだった。感じたものを教えあ
い、どん欲にいろいろなものを吸収して、民族音楽的なフォークソングのよう
な、ロックンロールのようなへんてこなスタイルでやった。
彼と歩いた7年間はぼくにとって貴重な時間だった。かぜがぴゅうぴゅうとい
つも吹き付けている広大な荒れ野を、なぜ楽しく歩いている気持ちだった。
バンド解散後、ぼくらはそれぞれの道を歩み始めた。
彼と会えて嬉しかったのは、今でも彼が、音楽への純粋な気持ちを忘れずに
持っていて、それがまたさらに深まっていたこと。彼が自由をこよなく愛する男
で、これからもそうであるために求めつづけていること。
ぼくらはあのころと、本質的になにもかわってないんだなと思った。
夜更けまで、ぼくらたくさん話した。
あくる日、彼は、茨城の大洗という港からフェリーに乗って札幌に旅立って
いった。
北海道にはアイヌの口琴ムックリがある。そういう歴史があってか、ネイティ
ブ系のシーンがもりあがっているそうなのだ。
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■裏町の京都・最終話 松本圭一郎
屋上でクスリをかじってる
カラスは苺をかじってる
地階まで続く長い階段を落ちている
きみはマッチと春を売る
オレは天使に背を向けて 黄色のドアーで波に乗る
京都駅の階段は長い。地上十階以上のビルの屋上から一階まで、まっすぐに続
いている。一階から上をみると、まるで「天国への階段」のようである。
ある日の夜オレはその階段を一人で降りていた。
睡眠薬を飲んで、ラリラリの足で自分を鞠のように蹴飛ばしながら。サングラ
スをなくした盲の笑いをうかべながら。
その日ある女の子とその駅の屋上で一緒に時間をすごし、ベンチもなく柵にも
たれ、今でも反芻できるいくつかのとても素敵な話しをした。
あの時オレには彼女の云う事や、表情のあり方や、視線とその先、それらすべ
て肯定でき、途中から自分たちが、世の中のあらゆる場所とは違う所にいるよう
な感覚になっていた。
時間が過ぎ終電が近付いた時、彼女がオレの手をとって、「今から電車に乗っ
て遠いところ、海のあるところまで行きましょう」と云った。
その顔はとても綺麗で少しおかしかった。
「今からだったら夜行列車だ。北へ行く、それとも南」などと云いながらオレ
は二の足を踏んでいる自分に気が付いた。金はもっていない。が、ここらへんが
熱病であり、乗ってしまいさえすればそれは、どうにでもなると思った。
ホントはどうにでもなるワケがない。ここらへんがまず阿呆である。オレの知
り合いで無銭乗車をして、改札の前で急にラジオ体操を始め、障害者と勘違いさ
せ見事ことなきを得たヤツがいたが、女と二人でそれはできない。
切符が買えないとかではなく、一気に現実というものが見えたのだ。ここで電
車に乗ってしまったら、自分の生活の上での大切な人や物や時間をすべて失って
しまいそうに思えた。
オレは「やっぱ行かれへん」とだけ云ってあとはなにも喋らなかった。彼女は
1人で階段を降りて行った。
京都駅の階段は高く、今日も多く人で賑わう。屋上では子供が遊ぶ。あれ以来
あそこへは行っていない。
あの後オレは一気にタクシーで家に帰った。
帰るとちょうど友達が来ていてオレの彼女と飯を食っていた。その先がラリっ
ていてあまり記憶にないのだが、後日談では、オレも飯を食うと云い、出された
アサリのスパゲティを「このアサリおいひい」と云って、アサリではなく皿をか
じっていたそうである。それを見た彼女と友人が笑い転げたのは云うまでもな
い。
悲劇と喜劇はどちらかわからない。
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Talk about WILD SIDE 第24号 2002.10.6
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■自転車野郎
「自転車操業」という言葉が使われるのは、「自転車屋を営んでいる」という
意味ではない。使われるのは「こぐのやめたらこける」ような、頼りない足どり
ででペダルを踏み、えっちらおっちらとガタゴト道を進んでいくようなスタイル
の営業状態を指す。
「ハ〜、今月も首が回らないよ!」とわめきながら登場するタコ社長。あれを
指している。
ぼくのような一介の素浪人も当てはまる。約半年前から素浪人をやっている
が、この道は険しくも面白い。
このメールマガジンが半年間も発行されなかったのは、なんべんもこき倒れな
がら自転車をこぐ練習をしていて、夜は血だらけになったひざを抱えて泣きなが
ら寝ていたからだ。
購読してくれているあなたには、申し訳なかった。ごめんなさい。
しかし、もう大丈夫だ。まだ補助輪がついたような状態だが、ちょっと良く
なった。片手はなした状態で、アイスキャンデーをなめながらこいでいける状態
になった。どうか引き続き、読んで下さい。
■このごろ
素浪人といっても、はなはだ抽象的な言い方で「一体なにをしてるんだ。吉祥
寺の駅前でマリワナの売人でもやっているのか」と思われたらしゃくなので話
す。
ライター
イラストレーター
パソコンのサポーター
こういった仕事を掛け持ちでやっている。みんな語尾に「ター」がくっついて
いるあたり、いんちきくさい。何を言う。収入になるんだったら何でもやるつも
りだから、職業の肩書きはまだまだ増えるだろう。器用貧乏が、今、花開いたの
だ。
目標の収入にはまだまだ届かない。しかし月給どろぼうをやっていたころとは
違ったスリルがある。なにしろ「自分が商品なんだ」という構図がはっきりして
くるから、単純に「がんばって認めてもらワニゃ、次回から相手にしてもらえん
ゾ」という姿勢で仕事にとりかかる。いい仕事をせざるを得ない状況。これがス
リルだ。
毎回ピンチにさらされてもいる。「あなた面白いヒトだけど、仕事は頼めない
ワ」依頼主からこう言われるのではないかと思うと、冷や汗をかきながら悪夢に
うなされる。そうならないためにも、最低限、生活習慣が乱れないようにしはじ
めた。いや、体が自然とそうなっていったように思う。最近はずっと朝4時に目
が覚め、夜10時には眠るようになった。極端だ。
「基礎体力をつけないといけないな」と、健康面でも自己啓発心が目覚めたの
で、4キロのダンベルを買ってきて天突き体操をやっていたら首がおかしくなっ
て1週間寝ていた。
身も心もすっきりと生まれ変わったようにがんばろうと思い、実家にあったア
メリカ製の巨大なバリカンを送ってもらい、1枚刈りの坊主頭にした。近所にあ
るアレフの教団施設の前を通りかかるとき、警官や住民ににらまれるが、へい
ちゃらだ。「願わくば、坊主丸儲け」などと願いを込めて風を切って歩いてい
る。
仕事の依頼がありましたら、友清政義にどうぞご連絡ください。